秋の花の花言葉

ヒガンバナの花言葉/お墓や畑を守ってくれたのに、忌み嫌うの?

Written by すずき大和

丁度秋のお彼岸の時期に咲くから「彼岸花」と呼ばれました。

原産地は中国です。中世に西洋に伝わると、インパクトのあるビジュアルが

「東洋の神秘を思わせ美しい」

と、多くの園芸家に好まれました。たくさんの品種が開発され、赤・白・黄色・オレンジ・ピンクなど、カラフルな品種が今もガーデナーに愛されています。

仏教発祥地のインドでは、「曼殊沙華(まんじゅしゃげ)」と呼ばれます。これは「天上に咲く赤い花」の意味で、良い兆しのものといわれています。

韓国では、「相思華(サンチョ)」の異名があり、両想いのシンボルです。

一方、日本では、北海道から沖縄まで全国に群生している姿が見られるにも関わらず、園芸植物としての人気はあまり高くありません。というより、

“不吉な花”

として忌み嫌う風潮すらあります。

あまつさえ「死人花」「地獄花」などと呼ぶ地域もあります。

花言葉も、由来の多くが死者へ手向けた気持ちからきており、贈り物にはあまり相応しくない花とされています。

日本人にだけ、なぜこんなに「縁起悪いもの」扱いされるのか・・・

そこには人間の都合に翻弄されたヒガンバナの、哀愁の歴史が隠れていました。

ヒガンバナの花言葉

ヒガンバナ全般の花言葉

『悲しき思い出』
『諦め』
『再会』


色別の花言葉

赤花の花言葉

『情熱』
『独立』

白花の花言葉

『また会う日を楽しみに』
『想うはあなた一人』

黄花の花言葉

『追想』
『深い思いやり』


花言葉の由来

炎のような赤い花

ヒガンバナは、全国各地で千以上の別名があるといわれています。あの世(彼岸とはそういう意味)を連想するような呼び名も多いですが、真っ赤に燃えるようなビジュアルを表した「かがり火花」などの名称もよく知られています。

『情熱』
『独立』


は、そんな炎のような見た目から生まれた言葉です。激しいけれど、強い意志を持つ人のイメージでしょうか。

由来の根本は「墓場の花」イメージから

ヒガンバナが日本に伝来したのはいつの時代か、はっきりしていません。ずっと昔から不吉なイメージがあったので、話題や記録に登場することが少なくてわからないのです。

が、中国から入ってきた球根が、日本全国に広まったのは、実は人々が進んで墓地や畑の周りに植えることを奨励していったためと考えられています。

庶民の暮らしの記録が残る時代にはすでに、ヒガンバナは

「お墓に咲いている花」

として定着していたと推測されます。

だからこそ、忌避のイメージの別名がとても多いのです。

花全般の花言葉や、赤以外の色の花言葉はすべて、この「死者に手向けられた花」としてのメッセージから生まれています。

  • 『悲しき思い出』は、親しい人を失った事実を、
  • 『諦め』は、どうにもならない現実を受け入れねばならぬ心境を表しています。
  • 『想うはあなた一人』は、まだ諦められない人の切ない心でしょうか。
  • 『再会』『また会う日を楽しみに』は、次のお墓参り、あるいはいつか自分が死ぬ時の約束。
  • 『深い思いやり』は遺族へ向けた言葉です。


すべては、死者への『追想』に結びついています。

縁起悪いイメージは、人間の都合から生まれた

ヒガンバナは、人の手で、人を守るために植えた花

ヒガンバナには、品種に関わらず、総じて「アルカロイド」という強い毒性物質が含まれています。うっかり子供が食べると中枢神経が麻痺して死んでしまうくらい強い毒です。

そのため、虫や獣からも避けられています。それを利用して、田畑を荒らすネズミやモグラ、害虫避けのために、田んぼの端やあぜ道に植えたのです。

昔は土葬だったので、死体をモグラや野犬に荒らされるのを防ぐため、お墓や墓地の周りにも積極的に植えました。ヒガンバナがお墓の花になったのは、人間が自分の都合でそうしたからです。

飢饉のときの非常食

アルカロイドは水溶性の毒なので、よく水に晒すことで食用にもされていました。特に球根はでんぷん質が多く、美味しいそうです。

ヒガンバナは乾燥や寒さにも強いので、飢饉の時は非常食となりました。田畑の周りに植えられたのは、もしもの時の備えでもあったのです。

忌み嫌うもととなった迷信

ヒガンバナが嫌われたのは、3つの迷信も大きく影響しています。

  1. ヒガンバナを家に持ち帰ると火事になる
  2. ヒガンバナを摘むと死人が出る
  3. ヒガンバナを摘むと手が腐る


昔からこういって、子供がヒガンバナに手を伸ばすことを戒めていました。

これは、ヒガンバナの毒から子供を守るための大人の口実とも考えられます。アルカロイドの毒は子供の弱い皮膚を炎症させ、その手を口に持っていく危険もありますから。

また、昔の農民や行き倒れの旅人の墓などは、その辺の道端や裏山に埋めて、石のひとつも置くだけ、なんていうことが多かったので、ヒガンバナを掘り返したら、そこはお墓だった、ということもあったでしょう。「死人が出る」とは、そういうことの注意喚起でもありました。

ヒガンバナにもっと愛を

土葬の習慣がなくなり、飢饉でヒガンバナの球根を食べることもなくなった現代、墓地の近くや里山の群生地と、迷信だけが残り、今も縁起悪いと避けられるヒガンバナ・・・。

人間の皆さん、人のために働いてきてくれたヒガンバナに対して、あまりといえばあんまりな仕打ちだと思いませんか。ヒガンバナ、かわいそう過ぎ(涙)

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筆者情報

すずき大和

花に心があったら、自分の花言葉についてどう思うだろう?と、変なことが気になる変わった子供が、成長してライターやってます。花言葉の由来をヒモ解いていくと、花より人の心が見えてきます。花言葉を添えて花を贈るなんて、日本人にはハードル高い行為ですが、まあとりあえず、のんびりウンチクを楽しんでもらえれば幸いです。